その際に2枚の画像の間に灰色のブランク画面(空白画面)を0.2秒表示します。参加者の課題は,2枚のどこが変化しているのかを答えることです。変化は十分に認識可能と思われるほど大きいですが,それにもかかわらずそれを検出できないか,または驚くほど遂行成績が悪くなります(詳しくは横澤・大谷, 2003)。
変化の見落としはなぜ起こるのでしょうか? ブランク画面を呈示せずに2枚の画像を交互に呈示すると,変化箇所は簡単に見つけることができます。変化箇所が動いて見えるためです。
以下の2つの条件を比べてみてください。
このことから2つのことが分かります。
1つ目は,変化箇所が動いて見えると見落としはかなり防ぐことができるということです。実世界では,多くの場合,環境の変化は突然の出現や運動(過渡的な信号)を伴って起こります。このような過渡的な信号に対して自動的に注意が引き付けられることが多くの研究で示されています(Yantis & Jonides, 1984)。そのため,変化箇所に注意が向き,見つけることができます。
2つ目は,変化した箇所が動いて知覚されないような場合には,画像を記憶して次の画像と照合する必要があり,そのような場合に見落としが生じるということです。私たちは一度に注意を向ける(または記憶する)ことが出来る情報量に限界があるため,画像情報の一部だけしか照合ができません。そのため,注意が向いた位置に偶然に変化が起こっていた場合以外は、見落とされてしまいます。
今回の目的は,過渡的な信号が写真刺激を用いた変化検出課題の成績に及ぼす影響を体験することでした。2枚の画像(画像Aと部分的に変化した画像B)を交代させるフリッカー法を用いました。過渡的な信号を消すためにブランク画面を用いました。
映画で場面(シーン)が切り替わるような状況で変化をさせたり,現実場面で遮蔽物の陰で変化をさせたりした場合でも変化の見落としが起こることが知られています。
条件ごとに反応時間の平均を算出しました。尚,正解した試行のみを集計しています。以下はクラウドソーシングサービスで募集をした実験の結果です。左側がスマートフォンで参加したグループで,右側がPCで参加したグループです。ブランク画面なし条件とあり条件の結果が示されています。
少し専門的ですが,t検定という統計手法を用いた分析の結果,ブランク画面なし条件の反応時間にくらべてブランク画面あり条件の反応時間が有意に長いことが示されました。
このようにブランク画面あり条件では,なし条件に比べて反応時間が長いという結果になりました。ブランク画面あり条件となし条件の差は何を意味しているでしょう?
条件間の差は"見つからない"を体験して,画面内のどこが変化しているのか探している時間だと考えることができます。以下の図のように,2つの条件で反応時間をそれぞれ測定して条件間の差に注目することで,私たちがこころの中で行っているプロセスの時間を数量的に検討することができます。
以下のように2つの条件の差から,こころの中で行っているプロセスの時間を検討します。
"見つからない"を体験することはこころの働きを知る上でもちろん重要ですが,反応時間を測定して数量化をすることで,心の働きについて1歩進んだ理解を得ることができます。
Rensinkらは,注意が向いていない範囲の風景がどのような状態で記憶されているのかについても考察を行っています。注意が向いていない範囲では,風景は不安定な状態となり,部品のような状態になっていると主張されています。その状態でも風景の大ざっぱな内容は把握できるのですが,正確には記憶されていません。そのため変化を見落としてしまいます。
実験はパーソナルコンピューター,またはスマートフォンを用いて実施しました。刺激を制御するためのプログラムはlab.js (Henninger, Shevchenko, Mertens, Kieslich, & Hilbig, in press)を使用して作成しました。参加者管理システムJATOS (Lange, Kühn, & Filevich, 2015)でホスティングし,実施しました。
刺激材料として,練習では2枚,本試行では8枚の風景写真が実験に用いられました。各刺激は画面の一部が異なる写真のペア(刺激Aと刺激B)で構成されていました。刺激の変化箇所は,写真刺激の左上,右上,左下,右下のいずれかであり,変化する確率は4つのすべての領域で等しくなっていました。
実験は個別にオンラインで行いました。実験は参加者がスペースキーを押すことで開始されました。各試行では,画面の中央に灰色のブランク画面が0.5秒呈示された後,写真刺激が呈示されました。ブランク画面なし条件では,刺激Aが0.2秒呈示された後に刺激Bが同じ時間呈示されました。刺激AとBの交代は,参加者が反応キー(スペースキー)を押すまで繰り返されました。反応キーを押した後,写真が4つの領域(左上,右上,左下,右下)に線で分けられた刺激が提示されました。刺激AとBの変化がどの領域で起こったかを4択で反応しました。ブランク画面あり条件では刺激Aの後または刺激Bの後に空白画面が0.2秒呈示される以外は空白画面なし条件と同じでした。ブランク画面なし条件を最初に行った後,ブランク画面あり条件を行いました。各ブロックでは1試行の練習を行った後に,本試行を4試行行いました。
反応時間:画面に写真刺激が呈示されてから反応までの時間
本実験の要因計画は以下のようになっていました。
実験や調査では,実施者側があらかじめパラメータを何種類か用意しておく場合があります。例えば,今回の場合は,「ブランク画面なし条件」と「ブランク画面あり条件」を用意しました。このように実施者側で操作する変数のことを独立変数といいます。
実験や調査の参加者に回答してもらうことで取得される変数(操作の結果が表れる変数)のことを従属変数といいます。上記の例では反応時間が従属変数です。
実験や調査を実施する際には,できるだけ状況を揃えることが望ましいです。しかし,どうしても揃えることが出来ずに変化してしまう変数もあります。例えば,上記の例では「ブランク画面あり条件」と「ブランク画面なし条件」を実施する順番などです。このように実験・調査実施者の意図に反して変化してしまう変数のことを剰余変数と言います(詳しくは「順序効果とカウンターバランスについて」もご確認ください)。
実験や調査で検討される対象(独立変数)は「要因」と呼ばれます。今回の場合は,「ブランク画面の有無」は「要因」です。また,1つの基準で条件が変化していることから1要因と考えます。
もし,「変化する位置(左上,右上,左下,右下)」によって変化を見つけるまでの反応時間が変わるか?ということにも注目したい場合は,「ブランク画面の有無」と「変化する位置」の2つの条件が変化していますので2要因となります。
各要因には複数の条件が含まれます。上記の例では,「ブランク画面の有無」要因では「あり」と「なし」の2つの条件,「変化する位置」では「左上」,「右上」,「左下」,「右下」の4つの条件がありました。このような各要因における条件の違いは「水準」と呼ばれます。
例えば,ブランク画面あり条件とブランク画面なし条件を同じ人が全て行うのか,別の人が行うのかで実験計画が変わってきます。 同じ人が全て行う場合は「参加者内計画(対応あり)」,別の人が行う場合は「参加者間計画(対応なし)」と呼ばれます。今回はブランク画面あり条件とブランク画面なし条件を同じ人が行っていますので,参加者内計画(対応あり)です。
参加者内計画(対応あり)
参加者間計画(対応なし)
要因,水準,対応の有無によってどんな統計的な検定手法を用いるかが変わってきます。今回は1要因2水準の参加者内計画(対応あり)ですので,「対応ありのt検定」という検定手法を用います。
今回は常にブランク画面なし条件→あり条件の順番で実験を実施しました。そのため,順序効果が結果に影響を及ぼしている可能性があります。
順序効果とは課題を行った順序が結果に影響を及ぼすことです。練習効果,疲労効果,残留効果などが知られています。
順序効果によって結果が歪むのを防ぐためには,2つの条件を行う順番を,ある参加者は「条件1→条件2」の順番,別の参加者は「条件2→条件1」の順番にするなどして,統制することが重要です。この方法のことをカウンターバランスという言い方をします。
今回は各条件の反応時間を計測するために4回の繰り返しがありました。しかし,反応時間を測定する実験では本来はもっと多くの繰り返し(30回〜100回程度)が必要です。
実験では,なぜこんなに繰り返す必要があるのでしょう?
1)偶然誤差の影響を弱めるため
偶然誤差とは,実験中に全くの偶然によって生じる誤差のことです。複数回反復して測定し,その平均値を算出することで偶然誤差は0に近くなります。
2)剰余変数の影響を相殺するため
剰余変数とは,独立変数以外に従属変数の値に影響を及ぼす変数のことです。実験によって明らかにしたいのは,独立変数(原因)が従属変数(結果)に及ぼす影響についてです。しかし,独立変数以外のノイズ(剰余変数)が独立変数と一緒に変わってしまっており,その影響が結果に影響してしまうかもしれません。
今回の説明では,反応時間のみを取り上げました。しかし,反応時間を測定した際には反応の正確さ「正答率」についても確認をする必要があります。速く反応しようとすればそれだけ不正確になり,逆に正確に反応しようとすれば反応時間が遅くなるという交換関係(トレードオフ)があるためです。この傾向のことを正確さと速さのトレードオフといいます。反応時間を測定した際は,反応時間が短い条件で,正答率が低くなっていないかを確かめます。
引用文献
関連図書
執筆者: 大杉尚之